晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

當麻曼荼羅に感動! 奈良・當麻寺(本堂・講堂・金堂)

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奥院から南へ、境内中央にある本堂へ。

ついに當麻曼荼羅を見ることができます!

ここで當麻寺の由緒をもう一度。

當麻寺聖徳太子の異母弟・麻呂子親王によって

推古天皇20年(612)に創建された禅林寺が前身といわれ

場所は河内国山田郷(現在地より西)にあったとか

現在地よりも南側だったともいわれています。

麻呂子親王の孫・當麻国見が役行者から土地の寄進を受け

天武天皇9年(680)に現在地に移転して建立しました。

 

 

 

 

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本堂は国宝で内陣は天平時代、外陣は永暦2年(1161)の建立。

當麻寺には高野山真言宗と浄土宗ふたつの宗派の寺院がありますが

この本堂は真言宗と浄土宗の兼帯管理となっています。

持ち回り制で管理されてるのかな? 

いただいたパンフレットには当麻寺西南院とありました。

 

本尊の當麻曼荼羅がなぜここの本尊になったのか?

出自はわからないようですが、現在厨子におさめられているものは

文亀年間(1501〜03)に転写された絵画だそうです。

あれっ、織物じゃなかったのね…?

てっきり織物を見ていたと思っていました。

原本の根本曼荼羅は綴織で、由来を記した銘文の中に

天平宝字7年(763)の年号があったそうです。

技術からして当時の日本で造られたものではなく

大陸、つまり中国から来たものではないかと言われています。

 

中将姫が蓮の糸を使い一夜で織り上げた、という伝説がありますが

4メートル四方の大きな織物を織るには十数年かかるそうで。

やはり伝説は誰かの作り話だということです。

これだけ大きな曼荼羅を見たことがなく、

しかもけっこう近くまで寄れるので感動しました。

 

 

 

 

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中将姫の伝説についてはあとにして、次は講堂へ向かいます。

現在の堂は鎌倉末期の乾元2年(1303) の再建。

治承4年(1180)平重衡の乱の兵火を受けて焼失しています。

阿弥陀如来のほか、不動明王地蔵菩薩などが

広いスペースにぽつーんと置いてあるという感じでした。

 

 

 

 

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次は講堂の南側にある金堂へ。

こちらも鎌倉時代前期に再建されたものと推定されます。

本尊・弥勒佛を囲むように四天王と不動明王が配置されています。

 

講堂は広かったのに対して、金堂は狭いのに2メートル超の

大きい仏さまたちばかりでギュッと凝縮されている感じ。

四天王の表情が面白かった、とワタクシのメモには書いています。

記憶にはちょっと…ありませんが。

もっとメモしとけばよかった><

 

弥勒佛は粘土製の彫像に布をかけ漆を塗って金箔を施したもの。

白鳳時代ならではの塑像仏があるということで

仏像を好きさんには金堂内は一見あり、ですね。

 

 

 

 

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金堂の南側にあった石灯籠。

日本最古のものって書かれています。

白鳳時代のものなんですって。

 

 

 

 

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本堂内で御朱印帳を預け、

拝観している間に書いてくださいました。

「蓮糸大曼荼羅」ということは伝説のほうですね!?

実際は蓮の糸ではなかったようなので…。

実物がどうか、よりも伝説のほうを大事にしているのかな!?

 

なお、本堂・講堂・金堂は有料で

本堂内の受付で拝観料を納めてからの拝観になります。

 

 

 

 

御朱印まとめ

拝受場所/本堂の拝観受付

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★新西国霊場第十一番「連糸大曼荼羅

 

 

 

 

以上、當麻寺(本堂・講堂・金堂)でした。