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晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

祇園会の元となった!? 京都・元祇園梛神社&隼神社

京都の御朱印

 

以前、壬生寺へ行った時

この神社にも行ってみよう〜と思ったのに

帰りに寄るのを忘れてしまった><

今回やっと初の参拝です。

 

 

 

 

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京都市中京区壬生梛ノ宮町に鎮座。

この鳥居と石碑は東側のものです。

阪急大宮駅、京福電鉄四条大宮駅から徒歩5分。

参拝用駐車場はありましたが周辺道路はかなり狭いです><

 

 

 

 

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四条通に面した北側にも鳥居と石碑がありました。

こちらから入る人のほうが多いのかも…

でも正面は先程の東側になります。

創建は貞観11年(876)疫病を鎮めるために

播磨国広峰から牛頭天王(スサノヲノミコト)を勧請して

祭祀を行なった時、牛頭天王の分霊を乗せた神輿を

梛の林中に置いて祀ったのが始まり。

 

 

 

 

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その後、牛頭天王の神霊を八坂に祀ることになり

梛の住民が花飾りの風流傘を立てて

鉾を降って楽を演奏しながら八坂に送ったそうで。

これが祇園会の起源ともいわれている、とか…。

あれれ、祇園会は神泉苑で国の数の66本の鉾を立てて祀った

御霊会が起源なんじゃなかったっけ…??

 

 

 

 

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これらはすべて社伝なので真偽はわかりませんが

このことから「元祇園社」と呼ばれているそうです。

ちなみに境内にこんな看板がありました。

 

 

 

 

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手水舎の奥の石が御供石だそうですよ。

梛神社は明治までは小祠だったそうですが

明治7年(1874)と昭和4年(1929)の復興で

現在のような神社になったそうです。

 

 

 

 

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ところで社殿はふたつ並んでいます。

左側が梛神社ですが、右は大正時代に還座した隼(はやぶさ)神社。

四条にあった朱雀院に祀られていた神社で

江戸時代には隼が訛って「ハヤクサ」とも読まれ

瘡(皮膚病の一種)の平穏のために信仰されたそうで

現在でも病気平癒、厄除の神として崇敬されています。

 

 

 

 

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主祭神は隼大神(タケミカヅチノミコト)。

延喜式によると、京中に座す神三座のうちのひとつで

貞観2年(860)朝廷より従五位下の神階を贈られ

天慶3年(940)従三位まで累進して給わったそうです。

石碑にある式内とは『延喜式神名帳』に記載がある

由緒正しい大社である、ということだそうです。

 

 

 

 

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梛神社は明治まで小祠だったということで

町民の信仰の場だったようですが

大正時代に由緒ある隼神社を還座して

神社らしく(?)大きくなったということでしょうか。

ちなみに社殿の並びと同じように御朱印も…

と思ったけれども左右が逆でした…^^;

 

 

 

 

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入口にも御朱印のサンプルが出ていました。

神社ってサンプル出ていないことが多いので嬉しい!

去年までは梛の印がなく、隼神社も違う印だったみたい。

さらに数年前までは墨書きがなく、ふたつの神社の印が

まとめて一枚に押されていたようなので

バージョンアップしたということですね!

これからも進化に期待したい神社ですね。

 

 

 

 

御朱印まとめ

拝受場所/社務所

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★左・「隼神社」           右・「梛神社」

 

 

 

以上、元祇園梛神社&隼神社でした。