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晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

神功皇后の勇ましい印入り御朱印 三石神社





6月に行った神戸の

神功皇后ゆかりの地

巡りの続きです。

三宮神社から地下鉄で

移動して和田岬駅へ。

ここへ来た目的はひとつ。









三韓征伐の帰りに神功皇后

上陸した地にお参りするため。

現在は三石神社です。

和田岬は中世には大輪田の泊

といわれていたところ。

KOBE de清盛の時にも聞いた

大輪田の泊、来たのは初めて!

現在は工場が立ち並ぶ場所に変貌。










神功皇后摂政元年(200)

船が進まなくなり

ここに上陸した神功皇后

三つの石を立てて神占いをし

廣田、生田、長田、住吉の

神々を祀るようにと

指示(?)をした儀式の地。

『摂津名所図会』によると

推古天皇10年(602)に

推古天皇が禊をされたので

祓殿塚と言われていたそう。

玉座とされた石を三石と

言われていた、と書かれています。










鳥居を入って右側に本殿。

本殿前には神功皇后の像が!

祭神はもちろん神功皇后


配祀されます。

天平年間(729〜749)には

僧・行基がこの地を整備した時

神功皇后の神霊が表れ

“往来する船を守れ!”

とのお告げがあり

祓殿の跡地に祠を建て

大輪田の泊の鎮護に。

神社の原型ができるわけですね。

神号は従来神。

のちに雪気神(ゆきのけのかみ)

とも記されるようになりました。









勇ましい神功皇后の横には

産まれたばかりの応神天皇を抱く

竹内宿禰の像が!

まるで初孫を喜ぶ

おじいちゃんのようです(;^_^A

三韓征伐の帰路の途中の筑紫で


仲哀天皇が亡くなったことは

伏せてありましたがそれが公になり

皇位継承を危ぶんだ

応神天皇から見て)異母兄弟の

皇子が反乱を起こしたので

竹内宿禰応神天皇を抱きながら

反乱に勝利したとか。

ただのおじいちゃんではありません(笑

五代の天皇に仕えたという

伝説の忠臣なのです(^^ゞ









鳥居を入って正面には

三好稲荷神社があります。

鳥居入って正面に本殿

ではないのは珍しいですね。

歴史に戻り

弘仁3年(812)には

大輪田の泊の修復に合わせて

社殿も修理され

貞観元年(859)従五位下

神階を授けられます。

その後は戦火で荒廃しますが

文禄2年(1593)社殿再建の際に

雪気神を三石神社に改称。

享保7年(1722)の開発の時に

場所を遷して天照大神

素戔嗚尊を配祀して

産土神として崇敬されました。









お稲荷さんの左側には

神社名の由来となった

三石の遺跡がありました。

明治39年(1906)

三菱神戸造船所の設立にともなう

山陽鉄道を敷くために

現在地に移転。

太平洋戦争の空襲で焼け

昭和38年(1964)現在の

社殿が再建されました。









御朱印いただきました!










おお〜、銅像のとおりの

神功皇后の印が!!

神社名は印にしかありません。

それよりも「和田岬産土神

という文字が目立ちます。

この印になったのは

2年前くらいからのよう。

御朱印ブームに合わせて?

記念になるようなものを

造ってくださったのですね!

神功皇后ファンとしては

嬉しい限りです(^-^)








さて、次は帰りの事も考えて

JRの駅近くでどこかないかな〜と

探していたら神戸駅近くで

行ってみたい神社を発見。

続きます♪