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晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

白い四天王に出逢える東大寺戒壇堂と法然上人ゆかりの指図堂(東大寺その2)




修学旅行生でごった返す

大仏殿をさっと後にして

西側のエリアへ。

西塔の跡地は公園に

なっているのですが

隣の大仏殿の騒々しさが

嘘みたいに静かなエリアでした。









公園内にあった鹿に注意の看板。

なんか可愛らしいので撮影。

特に“突く”の絵が好きです( ´艸`)

でも奈良の鹿は凶暴。

本当にこんな感じなので注意…。










ひっそりしていて通り過ぎましたが

こちらが指図堂です。

圓光大師(法然上人)二十五霊場の札所。

あれ、そういえば東大寺華厳宗本山。

法然上人は浄土宗の開祖。

なのになぜココがゆかりの地??

それを紐解くには東大寺の再建にあたった

重源上人が関わっています。










お堂は外から覗くだけでした。

真言宗を学び、浄土信仰にも篤い

重源上人が再建途中の東大寺

法然上人を招きます。

そこで自らが中国から持ち帰った

善導大師(唐の時代に浄土教を広めた方)の

肖像画を前にして念仏を唱えさせます。

法然上人が浄土宗を開く

きっかけとなった出来事ともいえるわけで。

その後、火災にあったり台風で倒壊したり。

でも浄土宗関係者から

法然上人ゆかりの地として再建したい

ということで嘉永5年(1852)に完成。

ひとつ前の写真に写っていた石碑には

文化8年(1811)600回御忌と

書かれているそうなので

指図堂が完成する前から

浄土宗徒の参詣があったと

考えられるそうです。





このお堂の隣で御朱印を

お願いするようなのですが…

この日はいらっしゃらないようで。

仕方ないなと思って次へ。










東大寺境内の西の端にある戒壇堂。

鑑真が来日した天平勝宝6年(754)

大仏殿の前に戒壇を築き


440人余りに戒を授けられました。

翌年の天平勝宝7年(755)に

日本初の受戒の場として戒壇院を建立。









受戒とは僧侶として守ることを

仏前に誓う儀式で

行なう場所は神聖な場所。

お堂に入るといきなり階段があり

靴を脱いで上がって

ぐるりと一周します。

それほど広くない堂内を

圧倒的な存在感で四天王が

守っている、そんな印象。

中央には釈迦如来多宝如来

模造がありますが受戒の時は

東大寺ミュージアムにある本物を

もってくるそうです。

奈良時代作の四天王像は

白い色をされていました。

紫外線を受けたら黒くなるのに…?

この色が印象に残りました。










御朱印いただきました!










拝観受付に御朱印帳を預けました。

「国宝 四天王」の文字に

あの白い四天王が浮かびます。





そして、ここで情報が!

指図堂に行ったけれど

今日は人がいないみたいで、というと

「お堂での御朱印は日曜日だけなんですよ!

南大門の近くにある寺務所に

行ったら書いてくれますよ」

ということで、寺務所へ向かいます。










ここが寺務所。

閉まっているように見えますが

鹿対策の柵なのでした。。。










御朱印いただきました!










入って指図堂の御朱印というと

朱印帳を奥に持って行って

書いてくださいました。

指図堂の名前の由来は

江戸時代初期、大仏殿の復興にあたり

復興事務所的な建物群の場所だったそう。

ここには大きな板絵に描かれた

大仏殿の計画図面を展示する

お堂が造られました。

つまり「指図」する場所ということから

「指図堂」になったそうです。

お堂の名前は法然上人とは

関係なかったのね(;^_^A





途中で南大門の西にある

境内塔頭の真言院をチラ見しましたが

がっちり門が閉まっていたので…(;´▽`A``

こちらは冒険せず、次へ!

念仏堂へ向かいました♪