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晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

梅田キタの名前の由来にも! 綱敷天神社 御旅社




またまた仕事で行った

大阪でのある日。

何回もチャレンジしていますが

授与所でベルを押しても誰もおらず…

多分、三回目かな!?

今回も無理なんじゃないかな

と期待しないで(?)参拝へ。









阪急梅田駅のすぐ近くの

茶屋町に御鎮座されている“御旅社”。

よく通るところなんだけど

うっかり通り過ぎていました。

綱敷天神社は御本社が神山町にあります。

弘仁13年(822)嵯峨天皇行幸の折り

仮御殿を構えて宿泊されたことに由来し

天皇崩御の後は皇子の源融

追悼のために神社を建てました。










繁華街にひょっこり現れる

階段を登ってお参りします。

御旅社の歴史は

昌泰4年(901)菅原道真

太宰府へ行く途中のこの場所で

咲いていた梅を見るために

船と陸をつなぐ綱を

円座状に巻いてその上に座り

休憩をしたという逸話に始まります。

その時の紅梅の下に小祠を構え

まずは梅塚天満宮となりました。

円座にした綱はご神体として

お祀りされたとか。










天満宮なので牛さんも鎮座!

さて、梅塚天満宮がなぜ綱敷なのか。

それに御旅社って…??

道真公の冤罪が晴れて

天神さまとして祀ることになったので

正暦4年(993)神山町にある

嵯峨天皇を祀る神野太神宮と

梅塚天満宮を合祀して

綱を敷いたという逸話から

綱敷天満宮に改められました。

嵯峨天皇が御祭神だからか?

神山町のほうが御本社

こちらは御旅社になりました。

御旅社っていうと本来は

神様のホテルのようなもので

お祭りの時のみ神様が来られて

普段はいらっしゃらないのですが

こちらは元々別の神社で

祭神も別だったので

常に御祭神がおられる御旅所

という変わった?神社なのでした。










小さい神社なのですが

由緒が長い…。(´д`lll) 

本殿の左隣には縁結びと商売繁盛の

玉姫稲荷神社があります。

祭神は玉姫稲荷大神

ちなみに、元は神山町の御本社の

南にありましたが明治初年頃に

梅田茶屋町氏神さまとして

お迎えしたいと土地の寄進があり

現在地に移転しました。










御朱印いただきました!










本殿の右隣にある

授与所にていただきました。

書く人がいるってだけで嬉しい

3度目の参拝なんですが

「喜多」の字が印になってる(_ _。)

喜が“ありがとう”ってなってる

御朱印を見てからワタクシの中では

“ありがとうの御朱印”という

イメージだったんですが…。(´д`lll) 

見たい方は「綱敷天神御旅社 御朱印」で

画像検索してみてくださいね。

すべての御朱印が“ありがとう”

ではなかったのでこれも運なのですが

それでも、ちょっと見たことない!

って思って狙っていたのでショック…

印ではなくてたまに直筆してくれるとか

そういうこともあるのかなー?

いえいえ、いただけただけでラッキー♪

そう思わなくちゃね…(ノ_-。)







そういえば、梅田の地名って

道真さんが見ていた

梅からきてるんですね!

そして合祀されてから

“北野(喜多)=キタの”天神社

といわれるようになり

そこから梅田キタと

いわれるようになったそうです。

ちなみに、2回目に参拝した時に

御本社にも行ってみたのですが

こちらも誰もいなくて(>_<)

また行きたいのですが、

歌舞伎町みたいなところを

通り抜けなくてはいけないので

ちょっと気がすすまないのですが…(;^_^A

機会があったら行ってみようかな。