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晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

圧巻の足利将軍木像と美しい庭 等持院




4月の御朱印巡りの回想録♪

立命館大学の南にある等持院

足利氏の菩提寺

庭が美しいと

聞いていましたが

まだ行ったことなかったのです。









なぜか大学の方へ迷い込み(・・;)

ぐるぐるしてやっと

辿り着いた入口の門。

等持院駅から北へ歩くと山門があり

中を少し歩くと

この門に辿り着きます。

暦応4年(1341)足利尊氏

夢窓疎石を開山として創建。

と、パンフレットには書かれていますが

暦応4年(1341)柳馬場御池に

等持寺を建立し、2年後に

別院北等持寺を現在地に

建立した、という説もあり。

尊氏の死後、別院北等持寺は

尊氏の墓所となり等持院に改称。

応仁の乱で焼失した等持寺を

移築して足利家菩提寺になりました。










予想外にややこしい歴史…(°д°;)

等持寺の建立には

尊氏と対立していた弟の

足利直義が関わっていて

それを抹殺するために

夢窓疎石が開山と

寺伝を改竄した、とか…。

お寺のややこしい歴史

とは裏腹に?美しいお庭が

待っていました。

まずは方丈へ。

元和2年(1616)福島正則

妙心寺海福殿に建てたものを

文政元年(1818)に移築。

南側には枯山水庭園が広がります。










北側には夢窓疎石作と

伝わる池泉回遊式庭園。

芙蓉池の周りは

木立で区切られ

変化のある石組みが美しい。










小高いところにある茶室

清漣亭から見下ろす方丈。

ここでお茶をいただくなんて

最高のロケーション!










歩いて見るのにぴったりな

広いお庭でした。











庭にひっそりと佇む

尊氏の墓所である宝篋印塔。

等持院の歴史を調べていたら

尊氏の右腕として活躍していた

弟の足利直義に辿り着き。

室町幕府創建に貢献したのに

尊氏に毒殺されたとか…(°д°;)

尊氏はカリスマ性があったけど

気分屋みたいなイメージだけど

直義は実直そうだな、と。

でも最後は兄に毒殺…(><;)

尊氏のお墓なのに

消された弟の事が

気になったのでした(^^ゞ








方丈の東側には

霊光殿があります。

ここには尊氏念持仏の

利運地蔵尊を本尊に

足利歴代将軍の等身大の

木像があります。

五代の義量、十四代

義栄をのぞく13体の木像が

並ぶ空間は圧巻!

表情もちょっとずつ違うので

ひとつひとつ見比べたりして。

お地蔵さんも間近で見られ

見上げるほどの大きさにビックリ。

念持仏といっても小さいとは

限らないのですね。

そして徳川家康の木像も。

これは42歳の厄落としのために

造らせたもので石清水八幡宮

あったものを神仏分離令により

等持院に移されました。


縁者を重んじたからだそう。










御朱印いただきました!










受付にて帳面を預けました。

中央の「利運地蔵尊」は

ご住職の字を印に起こしたもの。

奉拝と寺名は直筆のようです。

お地蔵さんの印が素敵です。

利運=良い巡り会わせという

素敵な意味の御朱印ですね。







足利氏については

詳しくなかったのですが

ここで木像を見てから

ファン(?)になったかも!

調べるごとに面白くて。

乱れすぎてて面白い時代!

もっと勉強したくなりました。