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晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

早良親王幽閉の地と牡丹祭り 乙訓寺






向日神社から南西へ約2km。

長岡京市にあります

乙訓寺に来ました。

ここは目的地のひとつ。










4月19日〜5月6日まで

開催されていた

牡丹祭りが目的のひとつめ!

本堂の周りにも咲いていました。









創建の歴史は古く

継体天皇(在位507?〜531?)が

弟国宮(おとくにのみや)を

築かれたといわれるこの地に

推古天皇の勅願を受けた

聖徳太子が伽藍を建立しました。








延暦3年(784)桓武天皇

長岡京を造営した時には

大規模に増築されています。

翌年の藤原種継 暗殺事件では

首謀者の嫌疑をかけられた

早良親王を幽閉した場所。

無実を訴えるために

配流される淡路島まで絶食し

その途中で息絶えた

といわれる早良親王…(´д`lll) 









その後は桓武天皇の周りの人が

病気で亡くなったり

疫病が流行ったりして

親王の祟りだと

言われたんですよね!

怨霊になった人たちの

いきさつが大好きな(?)

ワタクシとしては

行きたかった場所なので

これがふたつめの目的です!










弘法大師との関係は…

嵯峨天皇により弘仁2年(811)

弘法大師を乙訓寺の別当

任命されました。

現在の本尊で秘仏

八幡弘法合体大師像を造ったり

弘仁3年(812)最澄

密教の法論を交わしたりと

弘法大師がこの地に残した

事跡はたくさんあります。










本堂の横にあるこのお堂は

毘沙門天を祀ります。

平安後期作の優美な

毘沙門天はお寺のパンフレットの

表紙にもなっていました。










こちらは地蔵堂。

歴史に戻って

永禄年間(1558〜1569)に

信長の兵火によって衰微したのち

元禄6年(1693)徳川綱吉によって

伽藍は再建され

徳川家の祈願寺となりました。










牡丹は約二千株あるそうですが

目当てのハズなのに

あまり写真を撮ってない…

ひとつひとつは奇麗に

咲いているのですが

あまり華やかさがない

というか、地味なお花!?

密集して咲いている

わけではないから??










普現象桜もちょうど見頃。









御朱印いただきました!










本堂内で書いていただきました。

一度、書き置きを貼付けて

はがした後のページだったので

申し訳なかったのですが…

それ以上に朱のインクが

着いていたり…

印はかすれているし…

やっぱりはがした後のページは

飛ばすべきだったかな(>_<)







さて、次は

さらに南下して

こちらもお花が見頃の神社へ。

続きます♪