晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

松虫姫と鈴虫姫の悲しき出家 住蓮山安楽寺






大豊神社より北へ歩く事数分。

安楽寺へ到着しました。

ここは春(桜、サツキ、ツツジの頃)と

11月〜12月上旬の週末を中心に

限定拝観をされています。

2014年の紅葉の時期11/15〜12/7は

平日でも特別公開されていました。

安楽寺の始まりは鎌倉時代に遡ります。

法然上人の弟子である

住蓮上人と安楽上人が

現在地より東1kmの場所に

鹿ヶ谷草庵を結んだ

ことに始まります。










拝観受付がある

茅葺きの山門までの参道が

錦に彩られていました!

ここで撮影して帰って

しまう人もいるほど。

キレイだったな〜。









こちらが本堂。

この中で説明がありました。

住蓮上人と安楽上人は

六時礼讃声明を完成させます。

両上人がつとめる声明は

とても美しかったとか。。

そして、それに影響された

女性がふたり。

後鳥羽上皇の女官である

松虫姫19歳と鈴虫姫17歳の姉妹。









本堂前にあった佛足石。

話は松虫鈴虫事件に戻って…

念仏によって救われたいと

ふたりは御所を抜け出て

安楽寺にて出家しようとします。

後鳥羽上皇の許しがなかったため

両上人は出家を断りますが

ふたりの覚悟の歌を聞いて剃髪。

愚管抄』によると

彼らの説法を聞くために

上皇不在の御所に招き入れ

そのまま御所に泊めたとされています。









書院内の庭園です。

こちらもキレイ…!

松虫鈴虫事件を知った上皇激怒。

専修念仏の停止を決定し

住蓮上人と安楽上人を死罪に!

師匠の法然上人は讃岐に流されました。

両姫は瀬戸内海の生口島にて

念仏三昧の余生をもって往生。










看板も何もないんですが

書院の裏手を登って行くと

二つの石塔が祀られています。

きっと松虫鈴虫の供養塔でしょう。

若いふたりの姫の我儘で(?)

死に追いやられた

有能なお坊さんたち…*1

ちょっとかわいそうな気もします。

一説によると、延暦寺興福寺から

専修念仏の停止を訴えられていた

上皇がこれを口実にして

専修念仏の停止を実行した、とか。

そして承元の法難(建永の法難とも)

という宗教闘争へと

発展していくのです。










両上人のお墓もありました。

声明が美しかったという両上人。

今で言うと、スター歌手♪

そのふたりを呼んでお泊まりした!

となれば、スクープされて当然!?

とか思ったりして(^_^;)








御朱印いただきました!









書院の中でいただきました。

あれれ、建てたのは

住蓮上人と安楽上人なのに

法然上人 御旧跡」

となってますよ!?

両上人が亡くなったあと

鹿ヶ谷草庵は荒廃。

ふたりの菩提を弔うために

復興したのは法然上人なんですね!

「住蓮山 安楽寺」と

ふたりの名前から寺名に。

師匠が弟子のために再建するとは!

逆はたくさんありましたが

それだけふたりの功績は

大きかったということですね。

ついでに「鈴虫松虫 両姫之墓所

という印も左上にあります(^^ゞ







さて、次はさらに北上して

秋に行ってみたかったお寺へ。

続きます♪







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