晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

ダジャレだらけの京都乃木神社







徒歩7〜8分の場所にある

京都乃木神社

乃木神社と書くと

東京赤坂にある乃木神社

まず出てきますので

京都を入れています。









勝負運にご利益がある神社

ということで調べていたら

日露戦争を勝利に招いた

軍人・乃木希典を祀った

こちらの神社に辿り着きました。

創建が大正5年(1916)とは

京都では新しい神社ですね。










まずは乃木希典という人物について。

日露戦争を勝利に招いたあとは

学習院大学の院長を務め

明治天皇崩御のあとに

夫人とともに割腹自殺(殉死)

したという人物です。










ワタクシはあまり知らなかったけれど

賛否両論のある人物なのですね。

殉死後は東京や北海道、山口などにも

乃木神社が創建されたそうです。

衝撃的な出来事だったんですね(>_<)

東京赤坂にある“乃木坂”という

地名はこの方の邸宅が

あった場所だからだそうです。









左右に愛馬が護る拝殿。

なぜ京都に乃木神社があるか

というと、明治天皇陵があるから!

本殿はこの後ろですが

明治天皇陵を向くために

北向きに建っています。

通常は南か東なので珍しいですね!










拝殿の横に手水舎

“勝ち水”があります。









その横には小さな祠が。

“全てに勝ちま栗”!!









季節限定で公開している

内苑に入ってみます。

入苑料100円。









広い空間が広がり

拝殿の後ろにある

本殿を見る事ができました。

春日造りの立派な本殿!!









本殿の真後ろには

可愛いお地蔵さん!








本殿の真後ろから少し東の位置に

お炊き上げの火が燃えていました。









紅葉もところどころ残っていました。

でも全然人が居ない!

ちなみに内苑には

「乃木三絶」といわれる

乃木将軍が詠んだ漢詩の歌碑があり

この漢詩を詠んだ時の

心情を鑑賞してほしい

とのことでしたが、

歌碑は見忘れた…(°д°;)









内苑を出て境内の建物を見学。

乃木希典が少年期を過ごした

山口県長府市の

旧宅を再現したもの。









レストランかと思うほどの

素敵な建物は…









日露戦争の時に

第三軍司令部として使われた

民家を移築した建物。

南満州にあったものを買い受けて

土台から移送し復元したものです。

中は記念館になっていて

入る事ができますが

独特の雰囲気で怖かった…(><;)









記念館の隣には宝物館。

遺品や日露戦争前後の

関係資料を展示しています。

こちらは確か別料金だったうえ

記念館同様、入口の雰囲気が

怖かったので(><;)

こちらは入りませんでした。









建物以外にも展示物がありました。

日露戦争で活躍した巡洋鑑

“吾妻”の主錨をモニュメントにした

旧海軍将兵慰霊碑。









本殿前に戻って

横にあったのが山城えびす神社。

大正12年(1923)に創建され

元は静子夫人と七福神

合祀されていましたが

静子夫人の御霊は本殿へ移され

七福神の中でも

唯一日本の神様である

えびす様を首座に

山城えびす神社となりました。









社殿の前には鯛の石像が。

なにこれ??

“幸せに成り”と書かれた

鯛を撫でると

幸せになれるという

ご利益スポットらしい。

というかダジャレスポット(^^ゞ

全体的に遊びゴコロのある

神社なのですね(;^_^A










御朱印いただきました!









『京都の隠れた御朱印ブック』

P75に掲載しています。

ここは戦争(特に日露戦争)と

切っても切れない関係があるのですね。

乃木さんの生き方については

賛否両論あるように

武士道を尽くした忠臣でもあり

古い考え方しかできなかった人

でもありますが、現代人としては

殉死もそうだけど

息子達にも戦争に行けと言う親なので

命を粗末にしている

と思ってしまうな(><;)

時代が時代だから仕方ないけど。

とてもマジメな人だったんだな

ということは伝わってきました。

しかし、神社はマジメじゃない(笑)

ダジャレスポットばかりですが

見所も多くて面白い場所でした。