晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

洛陽観音巡礼第二十二番 城興寺






烏丸九条の交差点近くにある

洛陽二十二番札所の城興寺。


応徳2年(1085)丈六佛を安置する

九条堂を建て、三代後の藤原忠実

永久元年(1113)城興寺に改めました。









寺伝ではそうなっているのですが

当時の記録では、

藤原信長が亡くなったあと

未亡人が城興寺を拝領し

息子の澄仁が別当を務めていました。

ところがその未亡人は九条堂を

白河天皇に寄進し、澄仁を追放。

嘉承元年(1106)澄仁は

未亡人が住んでいた二条亭を

襲撃して報復を加えました。

これに激怒した白河天皇

九条堂を天台座主の仁源に与えます。

この時点で藤原氏のものでは

なくなっていたと考えられます。
Wikipediaより抜粋)





この歴史を書かないのは

家族間の争いが発端だから?

その後は白河天皇の孫にあたる

最雲法親王が寺領を拝し

その弟子である

以仁王にわたりますが

治承3年(1179)平氏政権によって

取り上げられ、

天台座主の明雲に与えられます。

このことが以仁王の挙兵へと

つながったといわれているそうです。

以仁王まで関わりがあったとは!

正直、洛陽の札所でなかったら

通り過ぎていたであろう

ビルに囲まれた小さな寺院ですが

札所になるだけの歴史はありますね。











ご本尊、千手観音が

祀られている本堂です。

中を覗いてみましたが

秘仏なので見えませんでした。

承和5年(838)円仁が

唐へ行く船の中で造った

といわれる観音さまです。

御開帳はあるのかな?









本堂の前には鳥居が。

これは薬院社といって

このあたりにあった薬院稲荷が

城興寺境内の荼枳尼天堂に

合祀されたため。

荼枳尼天は女稲荷といわれる神様で

薬院稲荷とともに男女(?)の

お稲荷さんとされ夫婦に見立てて

夫婦円満の神様だそうです。









お稲荷さんの前には

摂社の次朗吉稲荷が。

唯一の願いだけ叶えてくれる

神様だそうです。








御朱印いただきました!








本堂隣の納経所にて

専用帳に書いていただきました。

ダイナミックな大の字!

このバランス、なかなかいいですね。







さて、次も

洛陽の観音巡り。

続きます♪