晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

ねねゆかりのお寺・高台寺&圓徳院





高台寺北政所(ねね)が

秀吉の菩提を弔うために

慶長11年(1606)に建立したお寺です。

寛永元年(1624)建仁寺

三江和尚を開山として迎え

この時に曹洞宗から臨済宗に改宗

臨済宗建仁寺派のお寺となりました。









五本の筋塀が誇らしげ!

造営に際して徳川家康

多大な財政的援助を行なったので

寺観は壮麗を極めたそうです。

度重なる火災によって

現在まで残っているのは

開山堂と霊屋、傘亭などのみですが。









大正元年(1912)再建された方丈の前庭。

創建時は伏見城の建物を

移築したものだったそう。

この時は枝垂れ桜が咲き始めでした。

ライトアップで有名な場所。

夜もいい雰囲気なんだろうな。








小堀遠州作の庭園。

紅葉の時期がいいんでしょうね。

この日はあまりにも空がきれいで!

そっちに見とれました。







ここはやはり、桐紋です。









これが開山堂。

第一世住持、三江和尚を祀っています。









こちらが霊屋。

秀吉とねねをお祀りしています。

須弥壇や厨子には蒔絵が施されていて

高台寺蒔絵といわれ

桃山時代の美術の粋を集めている

壮麗な飾り絵だそうです。

ここがゴージャスなのは

秀吉のためかしら( ̄▽+ ̄*)









桐の下に菊もんもんっ発見。

ねねは天正16年(1588)従一位となり

慶長8年(1603)後陽成天皇から

高台院の号を賜りました。

院号がお寺名の由来になってます。









利休の作、秀吉好みの茶室。

伏見城から移築したものだそう。

ただし、伏見城の建設は

利休が自刀したあとのこと。

形が唐傘に似ていることから

傘亭と呼ばれています。









こちらも茶室の時雨亭。

同じく利休作で伏見城から移築。









朱印帳、売ってました。

白地に夢の字、黒地に蒔絵。

どちらもシンプルながら

はっとさせられるデザイン。

黒のほうが好みかな〜。









御朱印いただきました!









佛心、と書かれています。

他人に対する思いやりから

すべてを人のためと計らうことだそう。









さて、次は高台寺

お向かいにある圓徳院へ。

ねねが余生を過ごしたお寺で

高台寺の塔頭のひとつです。









南庭です。

圓徳院はねねの甥に当たる

木下利房が伏見城の化粧殿を

移してお寺にしたことに始まります。

現在の方丈は平成6年(1994)に

解体修理をおこなったそう。










北書院の前にある北庭は

伏見城から移築したもので

当時の原型を留めた桃山時代の庭。

賢庭作で、後に小堀遠州

手を加えているそうです。

多数の巨岩大岩が置かれている

庭は珍しいみたいで

桃山時代の豪華さを表しているそう。

しかし、庭を移築って

どうやってやるんだろう?と素朴な疑問。









方丈と北書院の間に

「京洛市ねね」という

お土産物屋ストリートがあり

その2階に掌美術館があります。

ここは広くないのですが

けっこうすごい宝物があったりします。

教科書で目にする秀吉像や

徳川秀忠からねねへの書状など。

徳川幕府からも手厚く保護されたのは

ねねの人柄や政治力もあったのでしょうね。

ロビー活動も上手かった、とか( ´艸`)

だから豊臣の遺構なのに

高台寺がこんなにも立派に

残っているのでしょうか。

豊国神社や方広寺の廃れっぷり

ったら酷いものなのに…。(´д`lll) 








御朱印いただきました!









書き置きでした。

福寿とは幸福で長命であること。

ねねの生涯が幸福で長命であったから

それにあやかりましょう!

ということでしょうか。







高台寺も圓徳院も

ご本尊名や建物名などではなく

言葉がメインにきていたのが

印象的でした。