晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

清明神社と白峯神宮

街ナカの小神社シリーズ?!(^^ゞ


$京のええもん♪ by yumimi*



堀川通を北へ、

フラフラと走っていると

あの☆のマークの鳥居が見えてきます。




ここは陰陽師安倍晴明

祭神とする神社。



安倍晴明公は、孝元天皇の皇子、

大彦命(おおびこのみこと)の子孫。



天文陰陽博士として

六代の天皇の側近として仕えられた。




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ここは清明公の屋敷跡であり、

活動の拠点でもあった場所。



清明公が亡くなられたあとは

一条天皇により清明神社を創建されましたが

応仁の乱豊臣秀吉の都作り、

度々の戦火によって規模は縮小。

社殿も荒れたままに。



幕末以降、氏子たちの手により

社殿や境内の整備改修が行なわれ、

平成15年に境内整備が完成。



どうりでぴっかぴかなわけですね〜σ(^_^;)




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この近くの一条戻橋で

実際に使われていた欄干を使い

当時のままに再現。






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これは清明公が橋の下に

隠したという式神さまかな?



式神は精霊で人の目には

見えなかったそうですが

清明公の奥さまが式神を怖がったので

橋の下に封じ込めたとか。



その式神が橋を通る人の占い、

橋占いをしていたそうです。



占ってもらいたいヽ(゜▽、゜)ノ!!





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こちらが本殿と清明公銅像。

本殿は明治38年建造。





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境内内には清明公の

代表的な10の伝説が書いてあります。

うむむ、興味深い…φ(.. )






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境内の中心には

樹齢300年以上のご神木が。

樹皮にふれると独特の感覚があるという。




両手を当てて見上げると、

清明公のように予言できるかも…(・・。)ゞ





ちなみに、ここは千利休の終焉の地でもあります。

数年前に江戸時代の茶書から

利休の屋敷があったそう。


豊臣秀吉の屋敷、聚楽第の近くですしね。

ここで自害されたんですねー。。





清明神社があったところから

ナゼ、千利休の屋敷になったのか?

そしてまた清明神社になったのは?

そのあたりはよくわからないのですが…( ̄Д ̄;;










堀川今出川の交差点を東へ折れ、

すぐの北側にあるのが白峯神宮


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祭神は配流されてその地で没した

崇徳天皇淳仁天皇



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崇徳上皇保元の乱に敗れて

讃岐に流され、その地で没した。

その後、天変地異が相次いだことから

上皇のたたりとされ、

上皇が葬られた白峯陵の前に

白峯大権現として祀られた。



幕末の動乱期、孝明天皇

異郷に祀られている

崇徳上皇の霊を慰めるため

京都に移すように命じられたが

間もなく崩御されたため、

明治天皇が跡を継いで現在地に社殿を造営、

慶応4年(1868)、創建した。




明治6年(1873)、藤原仲麻呂の乱

に巻き込まれて淡路に配流されて亡くなった

淳仁天皇の神霊を淡路から迎えて合祀し、

昭和15年(1940)、神宮号

宣下を受けて白峯神宮となった。






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この地は蹴鞠の宗家であった

公家・飛鳥井家の屋敷だった場所。

摂社の精大明神は蹴鞠の守護神。

サッカーを始め、球技関係者から

奉納されたボールが飾られています。


ちなみにこの像の

鞠部分はくるくる回ります(@_@)









ここに興味を持ったのは

祭神のひとり、崇徳上皇にまつわる伝説が

あまりにも怖かったため(((゜д゜;)))



配流されている間に写経し

それを京都の寺に納めてほしいと

すると後白河天皇はそれを突き返したという。


それに怒り、舌を噛み切った血で

「大魔王になってのろい続けてやる!」

と書き、爪や髪をのばし続けて

夜叉のような姿になり、

生きながら天狗になった、とか。。ヽ*1




崇徳天皇は自分の子でないと

父親の鳥羽天皇が嫌った、といわれており

すべての原点はここに至るような気がします。



生まれながらにして

可哀想な境遇だった崇徳上皇、、、

さらに、天変地異なのにその罪(?)までも

なすりつけられたりして。。。


本当はすごい情熱があった人かもしれない。

そして、すごい政治手腕があったのかも。




800年以上の時を越え、

なんだか興味を持った人物なのでした。




崇徳上皇の魂よ、

安らかに。。。

*1:◎д◎