晴れときどき御朱印      from yumimi*

『かわいい京都 御朱印ブック』『京都の隠れた御朱印ブック』著者、御朱印オトメ部主宰の西村由美子(yumimi*)のブログ。京都のほか近畿地方を中心に巡った寺社の歴史や御朱印の情報を不定期にお届けします♪

泉涌寺

$京のええもん♪ by yumimi*


東福寺の裏の細い道を登っていくと

泉涌寺の大門が見えてきます。



天長年間(824〜834年)に

弘法大師がこの地に庵を結んだことが由来。



建保6年(1218)に開山の

月輪大師・俊芿(がちりんだいし・しゅんじょう)

が宇都宮信房よりこの地の寄進を受け、

大伽藍の建造を始めた。



嘉禄2年(1226)に主要伽藍が完成。

その時に寺の一角から泉が沸き、

寺名を泉涌寺と改めた。


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こちらが今も湧き続けているという泉湧水。




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大門をくぐったあとに見える仏殿は

応仁の乱でほとんどを焼失。

寛文8年(1668)に徳川家綱により再建。




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仏殿のすぐ後ろにある舎利殿

御所にあった御殿を

寛永年間(1624〜1645)に改装再建。






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霊明殿の裏にある月輪陵。

こちらは、四条天皇から孝明天皇に至る

歴代の天皇・皇后のお墓だそう。



月輪大師が伽藍建造に際して

後鳥羽上皇、御高倉院が賛同され

皇室との縁が始まったという。



1242年の四条天皇崩御の際、

ご葬儀が行なわれ、天皇の御影や

尊牌が奉安されて、

皇室の御寺としての寺格が備えられた。



応安7年(1374)、後光厳院

御火葬してから以後九代の

天皇の御火葬所となり、

後水尾天皇から孝明天皇まで

天皇、皇后の御陵がここに造営された。



もちろん、中は入れませんが

左右に墓石が整然と並ぶ見事な聖域だとか。



菊の御紋が至る所に散りばめられ

御寺というのにふさわしいお寺でした(^^ゞ






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御座所は1882年に焼失していますが

明治天皇により、御所にあった

1818年上棟の御里御殿を移築したもの。



この御座所の庭の紅葉はいつかのJR東海

ポスターの場所だったそうで。



確かに赤い木は2本ほどありましたが

まだ色づきが足りないかなーと。
(11月20日現在)



それでも赤、黄、緑のコントラストは

思わずシャッターを押したくなる

美しさですね:*:・( ̄∀ ̄)・:*:




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入り口近くに楊貴妃観音堂があります。


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なんでここに楊貴妃

と思うけれど(;´▽`A``



湛海律師が寛喜2年(1230)

月蓋長者像などとともに持ち込んだ銅像。



こちらの楊貴妃像には

口ヒゲがある、とかって有名。


でもこれは口ひげではなく

慈悲の表現だとか。



楊貴妃の美しさにあやかって

美人祈願でもしとこかな〜(*^.^*)





泉涌寺の門を出て

月輪中学校とグラウンドの間の道を

西に歩いていくと・・・



絶景に出逢えました!

こちらは悲田院という泉涌寺の塔頭。



境内横に展望台のように

場所が設けられていました。



風が強くて寒かったので

ゆっくりとはできませんでしたが

眺めはサイコー〜(=⌒▽⌒=)



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